1999年5月8日 県スポ(延岡チーム)
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 当クラブは、1974年「宮崎車いすバスケットボールクラブ(宮崎WBC)」と命名し、宮崎県で初の車いすバスケットボールチームとして結成されました。その当時バスケット用車椅子は、材質もステンが主流で転倒防止はもちろんの事、キャンバーも付いていない生活用車いすに近い車椅子でしたネェ…。
 1979年に当地宮崎で開催される「全国身体障害者スポーツ宮崎大会(現全国障害者スポーツ大会)」に向けチームの強化が目指されその甲斐あってその大会のバスケットボール競技大会で、目標であった初戦突破を果し準決勝で敗れはしたものの、同一3位と何とか地元開催の面目を果す事が出来ました。






















 その後、宮崎県は南北に長く地域条件及び道路網の遅れから練習会場に行くのに往復5〜6時間を要すると云う理由?で、元々1975年頃から県北で活動していた県北クラブが正式に1981年「延岡トータスクラブ」として単独でスタートし、各地で開催される大会はもちろん地元延岡で近県チームの参加協力を得ながら、5年の連続「くろしお杯」を開催するなど積極的に活動していたが、県内車いすバスケットボールの今後の繁栄と充実をと1992年に合併し、再び「宮崎車いすバスケットボールクラブ(宮崎WBC)」と本来のチーム名に戻し、日本連盟及び九州連盟に登録。..
 しかし合併したと云っても地域条件は少し改善されたものの依然として県北と県南を行き来するのに多大の時間を要し、毎回の練習会場を一箇所に定めると練習回数に制限があり、また遠方の選手は日曜・祭日の昼間にしか参加出来ない等の制約を考慮し、以前同様に単独のクラブチームとしてそれぞれのクラブ名で県登録はそのままに、合同練習を毎月2回日曜日に行い毎週1回平日の夜にそれぞれの地で地元クラブ員を中心に練習をすると共に、クラブでの活動は継続しています。







また県内にはクラブチームが3チーム(宮崎、都城、延岡)あり、2005年まで「宮崎県障害者スポーツ大会」で、2006年からは「宮崎県民体育大会・バスケットボール競技・車椅子の部」に移行し、この3チームでリーグ戦が行われています。
 1993年、その3チームで「宮崎県車いすバスケットボール連盟」と称して結成し、同年より宮崎市福祉体育センターで毎年8月に「24時間マラソン車いすバスケットボール大会」(第3回〜第10回まで宮崎UMKとタイアップ、セブン・イレブンの協賛を頂く)を開催し、障害者はもとより健常者も自由に競技可能で、県職員チーム・市職員チームをはじめとして中学・高校・大学生・一般社会人チームや個人参加者で即座にチームを編成し対戦形式で競技を楽しむ等、市民とのふれ合いの場となっています。
 また、2003年より「宮崎ZUCCA」の参加に伴い「ツイン車いすバスケットボール競技」も取入れ競技の幅が拡大されました。






































以上!

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